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生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
この本は何なのだろう。
読んでいる間は楽しかった。
情緒溢れる風景描写から始まる著者の思い出話。研究の取り組みと結果を閉じられた世界での苦労話をひとくさり入れながらの体験記。DNA の発見と解明に辿り着くまでの学者達の姿。それらは、奥ゆかしき人、意欲ある人、ダーティな方法も辞さない人達の人間としての側面を前面に出しながら、光と闇がジェンダまでが絡む中で描かれる。学術世界のタペストリー。強引に野口英雄を引っ張り出してまでの研究者として必要なことは何かとの問いかけ。部分だけ見れば、ジェンダ絡みの裏話的なものとしてはブルーバックスの「歴史から消された女性たち」のような本もあるし(これは面白かったのだが、国内外からの剽窃集成だったらしく現在は絶版。工作舎から出ている「お母さん、ノーベル賞をもらう」(この邦題も如何なものかと思うのだが)に基ネタ多数。同じく工作舎から出ている同名のとても良い本である「科学史から消された女性たち―アカデミー下の知と創造性」とは全く関連なし)の方が雑学的興味は満たせたし、学者としての苦労話を読み物に出来ている点では、遠藤秀紀氏の「解剖男」「パンダの死体はよみがえる」には敵わないし、遺伝子関係の話では武村政春氏の「脱DNA宣言」の哲学的な話(ちょっとピンボケ気味ではあるが)や泰中啓一氏の「「負けるが勝ち」の生き残り戦略―なぜ自分のことばかり考えるやつは滅びるか」の方が飲み屋で話してみたくなるだけの面白さがあるだろうが、どこもそれなりに仕上がっているとは思う。

但し、生物とは何か、研究とは何かを考えるきっかけにはなるだろうが、最初の「自己複製するもの」から「動的平衡論」への流れから何がわかるでもなく、最後に向かってわくわく感が萎んでいくの事に不満は残るのだが、幾つもの要素からどこか興味のある部分が出てくる仕掛けを持ったからこそベストセラーになったのだろうし、その事で新たな領域に興味を持つ人が増えたとすれば、それはとても価値がある事だと思う。そういった意味では新書としては一級品だろう。

話はすこし逸れるが、講談社現代新書の装丁の方針変更がこの本の価値を上げているように思う。しかも緑でなされている事が文体と良くあっている気がする。昔のちょっとけばけばしい絵や写真と囲み文字で彩られたどこかチープな薀蓄本のイメージの装丁は嫌いではなかったのだが、あの調子で野口英雄の写真と DNA の二重螺旋、ノックアウトマウスあたりが表紙を飾ったら… と思うと尚更である。

それは兎も角、ここ暫くで読んだ生物関係の本で最も素敵だったのはアンドリュー・パーカーの「眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く」。只でさえ、古生物、昆虫、深海生物のどれかに眼、虹彩、擬態などと云う単語が並べばつい手にとってしまうのに、それらが繋がりあい結末まで進んでいく物語がミステリーを読むようなわくわく感を持って現れるのだから楽しいとしか言いようのない本だった。腰を据えて読む本に出会える事はとても嬉しい。
| 本・生物 | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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